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2004年09月30日

緊急帰国

 明日日本に5日間帰る。9月16日におじいちゃんが亡くなった、おれはすぐにでも帰りたかったけど、そのときVISAを申請して居留書をつくっていたから、手もとにパスポートがなかった。9月24日にパスポートが返ってきてたけど、帰国することはできなくて、帰るには一時帰国VISAが必要でまたパスポートをもって公安局にいって申請して、今日やっとできた。飛行機のチケットはもうとったし、あしたやっと帰ることができる。おじいちゃんの顔は見れないけど、線香をあげにいってこようと思う。明日の朝は早起きしなければ、今日ははやく寝よう。

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2004年09月27日

ゲリ地獄

 こっちにきってもう1ヶ月がたつが、まだ一度もいい便をしていない。理由はわかってる。まずこっちの水は生水なこと。最初のほうは間違えてのんで、かなり苦しい思いをした。それに中国人はあまり掃除をしないから料理屋もきたない。高い料理屋にいけばそうでもないけど、おれの行く店はみんな汚い。料理はうまいけど、油の量が半端じゃない。日本でゆえば毎日焼き肉食ってるみたいもんだ。それにその食器を生水で洗ってるのもおれの腹にきてる。 トイレをするときは、いつも覚悟がいる。腹具合いが悪い時はいつもなんでか謝ってしまう。だれにゆってるのかわからんけどとりあえず謝ってしまう。一日に3回ぐらい行くから何回も謝ってる。一ヶ月たつけどまだ体が慣れてない。いままで体をこっちに慣らそうとおもって一度も薬を飲まんかったけど、今日とゆう今日はまじでまずかった。もう10回は謝った。だから薬に助けてもらおうと、薬をもって洗面所にいって水をぐいっと飲んだ。これで大丈夫。安心してふと鏡を見たら、コップが目に入った。あ。。重要なことに気がついた。生水で薬を飲んだ。いままで、歯磨き、風呂のときは気をつけてたけど、薬を飲むのははじめてだったから気がぬけてた。ため息がでた。
しばらくはおれの部屋の便座はあがることはないだろう。はやく謝らずにトイレから出れる日が来てほしい。

投稿者 eita : 01:54 | コメント (9) | トラックバック

2004年09月20日

いつものように夜風呂に入って、寝ようと思って布団にはいった。学校がはじまって疲れていたので目を閉じるとすぐにでも寝られそうだった。
もうすぐで夢が見れそうな時に、目がさめた。足が異常にかゆい。蚊がいる。ちくしょう爪でばってんをおして我慢。それでも効かないのでメンタムを塗りまくって、また布団にはいった。いつもなら退治するのだが、その夜は蚊を退治するのを忘れるくらい眠たかった。 スヤスヤ夢の中へいけそうな時に耳元で『プ〜ン』と蚊があおってきた。その挑発がすごい眠気を一気に覚めさすぐらいおれの怒りを招いた。この蚊だけは許さない。すぐに部屋の電気全部をつけた。部屋の壁は真っ白だから、蚊がどこにいるかはすぐにわかる。見つけた!慎重に近寄って、すごい勢いで押さえつけてやった。捕らえた!そう思って手のひらをみると蚊がいない。うそ?壁をみると、蚊はまた違う場所いる。なんてはやいんだ。。瞬間移動のようにはやい。それから何回もトライしたが、蚊はあまりにはやい。こんな蚊は日本にはいなかった。 さすが中国。。
怒りの気持ちも蚊のあまりの俊敏な動きに完敗した気持ちになりおさまったので、諦めて布団にもどることにした。すると、布団のなかで何かが、チクチクしてるのがわかった。奴だ。ここで布団をあけると、逃げてしまう。逃がすとはやすぎて捕らえられない。刺されるのはどうでもよかった。ただ倒したかった。布団を閉じて、うえからそこらじゅうをバシバシしばいてやった。倒した!たとえ生きてても布団の中じゃ、明日には死んでるだろう。勝った!かなりうれしかった。
 しばらくして満足感にひたって、今度は蚊の苦しんでる様子を見てやろうとおもった。そしてすこし布団をあけてのぞきこんだ。すると、すかさずその隙間から蚊がものすごいスピードででてきた!おれは反応もできずにただ、呆然として、蚊をみていた。びっくりした。そのとき蚊が『ごちそうさ〜ん』といったのが確かに聞こえた。もう怒りは湧いてこずに、ただ飽きれた気持ちになった。ため息をついて、それから気がつくと朝だった。朝足をみると、さんざんぼこぼこになっていた。あんなに蚊に対して熱くなって、そして完敗したのははじめてだった。
   

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2004年09月13日

発展途上国中国

 もうこっちにきて10何日かたった。あっという間に過ぎていった。学校が始まるまでの何日間、いろんなところにいってきた。街、ブランド物の偽造市場、いろいろ上海の有名所をまわってきた。 そこで行く先々どこにでも工事中の場所があるのに気がついた。なにかを新しく建てようとしてるようだ。それにつれて昔の建物が壊されている。そしてこれからまだまだそういう場所が増えていくと思う。グイグイ未来へ前進している。このままいけば例えば10年後、今工事しているところがすべてできあがっている。 それは大未来都市だ。
 街のほうはすでに活気にあふれている。店はきれいやし、店員は丁寧に話していろいろ気遣いをして、接客マナーをしっかりなしている。ちょっと田舎のほうにでると、店は汚いし、店員は寝てるし適当な商売になる。それが中国では一般的なのかもしれんし、いまはほとんどがまだ昔と変わらずのやり方をしてるけど、それもいろいろ街が発達していくと、だんだん変わってくるのだろうと思う。
人も環境が変われば変わってゆくと思う。いまは未来に向かっているところと、まだ昔でとまっているところがある。いまの中国は過去と未来が入り交じった街だと思った。
P1010807.JPG

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2004年09月04日

上海大ピンチ

 8月31日、昼3時の飛行機にのって上海についた。到着したら予定どおり、旅行会社の人が向かえにきていて、そのひとの車に乗って留学生宿舎に行く。はずだった。空港から1時間か2時間くらい走っただろうか、やっと着いたらしい。お金を渡して、車からでるとそれはホテルのようなところで、ちょっとやったっと思った。カウンターにいる人に自己紹介をしたら、ハ?という顔でみられた。あれ、おれ通じてないっとおもって入学許可書をみせたら、ここは違うぞと言われた。どうやら、留学生の宿舎じゃないみたい。。あの野郎まちがえやがった。そしたらカウンターのひとがここへ行けとなにやら行き方を説明してくれたがおれにはまったくさっぱりだ。と思ったけどとりあえずタクシーに乗ろうと思い出て、タクシーをつかまえて、入学許可書にある地名を指差した。タクシーの運ちゃんはうなずいて、車を走らせた。次に着いた場所はかなりそれらしくて希望がもてた。そしてカウンターにいって自己紹介をして、入学許可書をみせた。そしたら紙をみせられて自分の名前を探せとゆわれた。オウやっとか、っと思い探してたら、ない。。どこにもない。。なんで。。 カウンターの人にないと言ったら、向こうでなにか中国人同士で口論のようなことをしている。そしておれにどこかの住所が書いてある紙を渡した。またか。。と思いおれはタクシーをつかまえてその紙を指差して見せた。なんで寮がない?いろんな事が頭をよぎった。タクシーの運ちゃんがおれが日本人だから適当に走らせているのか?それとも俺の寮がないのかとも思った。それにタクシーの運ちゃんは愛想が悪い。やたらめったに舌打ちをするし、話しかけてもあまり聞こうとしないし。おれは不安ながらも頭にきていた。 その場所に着いたようだ、でもそこはただの民宿みたいなところだ、どういうことやねん!何がなんだかわからなくなった。もう絶望の淵にたたされた。今どこにいるのかわからない。言葉は通じない、携帯は手続きがおくれてまだ通じてない。公衆電話もない。この宿に泊まる理由もわからない。なんで。。。。周りをみわたしていると、目のまえに復旦大学という建物がある!うおーとういう気持ちで走っていった。そしてまた自己紹介と入学許可書を警備員のおっちゃんに見せた。おっちゃんたちはなにか話し合っている。わけがわからない。そして同じ口調でおれに話かけてくる。全く持ってわからない。おれはなにもいえなかった。ただ聞き取れませんと中国語で連呼していた。そしたら、ジェスチャーでいろいろやってくれた。今夜はここで泊まって明日あさ留学センターへいけっといっているのがやっとわかった。でも信用していいのかわからないおれはすごい不安な気持ちのままだった。でもそんなこと言っていてはキリがない。とりあえず来いと言われるまま警備員のおっちゃんに着いていくと宿舎があった。でもおれの寮ではない。おっちゃんがカウンターのひとに説明してくれて、部屋をとってくれて、そして部屋までつれていってもらった。部屋に入ったら、おっちゃんがおれに胸をなでおろすようなジェスチャーでよかったなっというようなことをいった。相当おれの顔が引きずっていたにちがいない。異国の地ではじめて人情に触れて、ほんとに泣きそうになった。ありがとうと言って深く頭をさげた。さよならといっておっちゃんは帰った。おれは寝ようかと思ったけど、腹が減っていることに気付いた、どうしよう。まー今日はいいや。と思ってたらまたおっちゃんが来た、めしくったか?というジェスチャーをした。おれはすぐ首をふった。そしたら着いてこいっといって飯やの前までつれていってくれた。おれはカタコトでホイコーロと注文して食った。安かったし、うまかった。結構食って300円くらいだ。そしてまたおっちゃんのところに寄ってしばらく話して、やっとおちついて、部屋に帰った。この日ほどピンチな日はにさしぶりだった。自分の中国語の勉強不足と人の暖かさをひしひしと感じた1日だった。中国のの第一印象はこんな感じだった。
なぜこんな苦労したかというのは次の日大学の留学センターへいってわかった。2回目にいった所が寮で俺が行ったとき寮長がいなくておれが来る事を皆に知らせてなかったからだった。一発かまされた。おかげですごい経験ができたわい。

投稿者 eita : 17:37 | コメント (9) | トラックバック